2012年御翼11月号その3

自分の栄光から神の栄光へ ―フルート奏者・紫園 香(しおんかおり)

フルート奏者の紫園 香さん(芸大付属高校、芸大、同大学院を各主席で卒業)が、今年デビュー30周年を迎え、記念リサイタルを行った。そのテーマは、「ソリ・デオ・グロリア(神にこそ栄光あれ)である。ソリ・デオ・グロリア(Soli Deo Gloria)は、バッハが作曲した楽譜の最後に必ず書いた言葉である。バッハは、「この曲を書かせてくださったのは神様、神にこそ栄光」と、信仰の究極の言葉として、捧げものの究極としてそれを書いた。紫園さんも、「バッハに比べたらあまりに小さすぎる捧げものではあるが、自分のこの30年に、神がしてくださったことがあまりにも素晴らしく、感謝であった。それを一言でまとめると『ソリ・デオ・グロリア』しかない」と言う。
 25歳の頃、クリスチャンとなった紫園さんは、かつては自分の栄光のために演奏していたという。どれだけ自分に才能があって、努力の結果上手になって、誰よりもうまく吹く、というのが目的だった。しかし、それには限界がある。そして、そういうフルートを聴いた方は、慰められない。あるとき、洗礼を受けて間もない頃、礼拝でフルートを演奏した。すると、教会の婦人が、「あなたのフルートは素晴らしいと思うけれども、心が虚しくなる」と言った。紫園さんは大ショックだった。これほど上手になるために努力を重ねてきたのに、なんて失礼なことを言うのだろうと思った。しかし、その婦人はいつも紫園さんを応援し、祈ってくれている人だった。その人が、なぜわざわざそんなことを言いに来たのだろうと、それからずっと思いめぐらすこととなる。
 神に祈りながら、自分の問題点を考えていると、やがてその答えが与えられた。ある有名な米国人のコンサートに行くと、テクニックが素晴らしく、その人のようになりたいと思った。しかし、翌朝には、心に何も残っていなかったという。時を同じくして、近所の教会のコンサートに行った。そこでは、無名の演奏者が讃美歌を演奏した。紫園さんは、「どれほど上手に吹く人なのか」という思いでいたので、それほど技量のある人ではないな、と傲慢な思いで聴いていた。しかし、なんとなく惹きつけられて最後まで聴いた。すると、翌日になっても、1週間、2週間たっても、その時のメロディーがずっと心の中に残っていた。この二つのコンサートが非常に対照的だったのだ。
 教会で聴いた讃美歌の演奏を通して、紫園さんは人の心に真に慰めや励ましを与えることができるのは、自分の栄光を求める演奏ではなく、神に栄光を帰する演奏だと実感した。それ以来、神を賛美する祈りと心をもって、フルートを吹くようになった。紫園さんは、「どうか私の力ではなく、神様が、慰めになりたい、愛を伝えたいというフルートに私をならせてください」と祈ってフルートを演奏している。それがうまくいっているかいないかは、自分ではよく分からないが、ひたすらそう神にお願いしてフルートを吹いている。「やっていることは、表面的には同じようなことでも、命の出どころ、音の出どころ、響き合うものが全く違うと思います」と紫園さんは言う。

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